助けるという行為だけは、やっても上手くならない
駅前で、地図を見ながら立ち止まっている人がいます。行き先はたぶんあちらだろうと、こちらには見当がついています。
声をかけるべきか。たいていの人は、聞かれるまで待ちます。なぜだろうと考えることがあります。
親切が迷惑になることがあるからです。
ただ、それがどちらだったかは、こちらには分かりません。教えられた側は、たいてい礼を言う。助かった人も、放っておいてほしかった人も、同じ言葉を返します。礼というのは、中身を確かめさせない形式です。誰が教える側に立っても、返ってくるものは変わらない。
そして、確かめないままでも困りません。ここが肝心だと思っています。本当に助かったかを知らないまま、次の人にも同じことができる。知らないことが、支障にならない。
ここから先はメンバー限定
続きは月額メンバーになると読めます。
[ 月額200円 | いつでも解約できます ]
すでにメンバーの方は( ログイン )
